ボクは、某旅行代理店勤務で勝手にボクの「私設秘書」と呼んでいる小林君に電話をした。
「聞いたこともないですな」
ボクはすぐに聞く相手を間違えたことに気が付いた。この男の「聞いたこともないですな」は、「そんなものは誰も知りません」とも取れるし、「自分は知りません」とも取れるのである。いかんせん、もうチーム名が変わって何年も経つのに、好きな野球チームは東映フライヤーズだし、その(今は)ファイターズの1番から9番までの選手名を言えたためしもない。
「とりあえず、知っていても知らなくても、その国まで飛行機の予約を取ってほしいんだけど」とボク。
「おたくの行く国は、いつも世間の人の聞いたことない国ばっかりですな〜。先月のモルドバとか。。。名前は似てますけど、近くですか? この時期だとまだ寒いですよきっと」
どういうわけか、世間の人の聞いたことのない国と言いながら、ボクの行った国だけはだけはちゃんと覚えている。要するにくだらないことだけは忘れないタイプなのである。だから、野球談義になっても、突然「そういえば、昭和37年に東映フライヤーズが2位の西鉄ライオンズに18ゲームもの差をつけて優勝したときは、日本シリーズでタイガースに勝たせてもらいましたな〜」とかいう世間の人からするとどうでもいい話を持ち出してきたりする。その前に今年の日本ハムファイターズの打順くらい覚えてほしいものである。(ちなみに、東映フライヤーズのあとに、日拓ホームフライヤーズがあって日本ハムになっている)
「私の仕事は、世間の人にその国を伝える伝道師みたいなもんやから。とりあえず、予約しておいて」
ガチャ。
かくして、ボクはモルジブへの出張に旅立った。
とりあえず、スリランカのコロンボへたどり着き、そこから乗り継いで首都のマレというところに行くことになっている。
マレ行きの飛行機に登場すると乗客の9割が白人である。それも聞いたことのない言葉ばかりが話されている。いや、自分の語学力のおかげで、聞いたことある言葉が聞いたことのない言葉になっているのかもしれない。
マレの空港で入国審査の列に並んでいて、ふと気が付いた。アタッシュケースなんて持っているのはボクだけで、ほとんどの(白)人は手ぶらである。「そんなアホな」とは思ったものの、アホだったのはこっちであった。荷物が出てくるところには、「何ヶ月ここに滞在するのだろうか」と思わせるような荷物の山が続々と運ばれてくる。逆に言うと、機内持ち込み手荷物だけでやってきたのはボクだけのようだ。ネクタイまではしていないものの、ボクだけが典型的な(ジャパニーズ)ビジネスマンで、他の人々は格好から既に、優雅に休暇を満喫しまっせ、という感じであった。
税関を超えて、ようやく入国が完了すると、目の前にいきなり見たこともないようなきれいな海が広がっていた。そして、地元の顧客が取ってくれたホテルには水上タクシーで運ばれる。「ちょっと、船酔いするんですが。。。」なんて意思表示する間もなかった。
仕事そのものは、意外なほど簡単に交渉が成立したので早く終わってしまった。「それなら早く帰国しよう」と思ったのだが、いかんせん次の飛行機まであと二日も待たないといけない。船で出国できたとしても、二日後の飛行機に到着時点では逆転されてしまいそうな孤島である。(おまけに、船酔いが。。。)
翌朝、朝食のためにメインレストランに足を運んだ。基本的に、ボクは、仕事のある日はレストランで朝食を食べることはない。ルームサービスを前夜のうちに頼んでおいて、朝運んでもらうようにしている。要するに、朝起きれないから、無理やりにでも起こしてもらうためにその手を編み出したのである。時々、いくらノックしても電話しても起きないので、ボーイ(時々ガール)が部屋の外で待ちぼうけを食らわされることもあり、冷めた朝食を食べることになる。
また、高度経済成長期に多感な時期を過ごしたボクにとっては、レストラン=混んでいるところ=待たなければならない、という公式ができあがっており、待つくらいなら持ってきてもらったほうが、、、となるのである。
その日は、仕事もないので、神の思し召しで目が覚めるまで寝て、そのあとメインレストランに足を運んだのである。
レストランいっぱいに、アロハシャツに短パン、もしくは水着のまま、という格好の白人がのんびりと朝食を食べている。この時点で場違いである。それもほぼ全員が、恋人同士なのか、新婚旅行なのか、不倫旅行なのか分からないが、男女のカップルである。独り者のボクは、レストランの隅っこにある、二人用の小さなテーブルに案内された。二人組は四人用の大きなテーブルに座っている。
いわゆるバイキング形式なので、適当に食べたいものを取ってきては、「もう食えない」というくらいの朝飯を食った。
食べ終わって、あまりの満腹感に呆然としていると、少し離れた小さな席にいた女性と目が合った。少し笑ったように見えたのだが無視した。男女を問わず、人と目を合わすのがもっとも嫌いな動作である。たぶん、この白人女性は、東洋人のボクが死ぬほど飯を食っていたので馬鹿にして笑っていたに違いない。
それからは、頭を上げないようにして、お腹が落ち着くまでボーっとしていた。
「今日はこれからどうしようか」とうつむき加減に思案していたのだが、この離れ小島では何もできない。海パンどころか、短パンすらもっていないのである。
とりあえずホケーっとしようと、文字通りボケーっとしていたら、いきなり外国語で声を掛けられた。
外国語は、分かっていても分からなくても、分からないフリをして無視すると決めているので、気付かないフリをした。外国語学部にいたにもかかわらず、外国語を無視していた僕の大学時代のあだ名は「外国人嫌い」であることは言うまでもない。そのうち短縮されて「外嫌」と呼ばれることになった。
無視を決め込んでいるのに、再び声を掛けられた。よくよく聞いてみると「ハロー」と言っているだけだった。この簡単な言葉に引っかかったボクは思わず顔を上げてしまった。
すると、さっきの少し離れた席にいた白人がそこに立っていた。また目が合ったので、仕方なく「ハロー」とだけ返した。するとひどく訛った英語で「ここに座ってもいいですか?」なんて聞いてくるので、「ダメ」とも言えないので、「かまわん」とぶっきらぼう答えた。もっとも、その言葉が「いいです」であっても「かまわん」であったも、ボクの話す英語に違いはないのだが、雰囲気だけはえらくぶっきらぼうに答えたのであった。実は、彼女の英語があまりに訛っていたので、「これはオレより下手だ」と直感的に思って、立場が逆転したのか、自分でびっくりするほど急に強気に出たのであった。逆転したも何も、最初は自分が勝手に負けていただけなのだが。。。
席に着くと、彼女は一方的に話し始めた。
名前はステラ、歳は25歳(オレより年上かい)。国籍はよく理解できなかったがいっぱい持っているらしい。モルジブには一人でやってきてもう一週間になる。お前は何者だ。
このようなことを言っていたようだ。
ボクは、「オレはジャパニーズビジネスマンだ。仕事が終わったので何もすることがない。。。」
などと同じように自己紹介(?)をした。
「なぜこんなリゾート地に一人できたの?」とステラ。
「それはこちらが聞きたいわい」とボク。
すると、ステラは笑い出して、「そうね」と答えた。
なんとなく打ち解けた我々は、他愛もない雑談をしばししていたのだが、そのときにボクは、モルジブというところが、西欧人にとっては既にリゾート地として有名になっているところで、特に冬の間に訪れる人が多いということを知った。「バカンス」なんて言葉が辞書に載る前の日本人にとっては、考えられない話である。ようやく沖縄が日本に帰ってきたばかりだというのに。
ボクが「仕事できた」というと「私が一人できた理由は、、、」と言いかけてステラはそのあとを言わなかった。いずれにしても、なんとなくやってきたようであった。
結局、二人とも一人できたので、一緒に海に行こうという話になった。こういう展開は普通はありえないのだが。。。 ちなみに、「海に行こう」なんて言っている我々はかなりのアホで、他の人々はモルジブに行くこと自体が「海に行こう」のはずである。ちなみに海までは歩いて100歩くらいである。
ボクは、なけなしの金で海パンを買って、ビキニ姿のステラと一緒にウインドサーフィン教室に参加した。どうも二人ともウォータースポーツは初めてなのか、他の参加者に海パンやビキニ姿はいなかった。。。我々が他の参加者に多大な迷惑を掛けたことは、書く必要もないであろう。
そのままなんとなく二人でいた我々はディナーのワインで相当酔っ払ったあと、ステラのコテージで相変わらずくだらない話をしていた。
大きな声がして、ふと気が付いたとき、なぜかボクはステラのベッドでステラの横に寝ていた。。。
再び大きな声がしたが、それはステラの声ということがすぐに分かった。
彼女は、男の名前を何回も叫んでいた。
夜明けとともにボクは島を去った。
あれから、○十年、、、今ではモルジブを知らない日本人はいなくなったことだけは間違いないでしょう。モルドバを知っている人はどれだけいるでしょうか?
ラベル:愛
ステラって誰かと思ったら、このエントリーに出てくる女性でしたか。
すっかり忘れていました。。。
それとも“とけん”でしょうか??
確かにそうですね。
そんなこと考えたこともなかったです。
この作品、書いた時から、このブログの中の駄作の中の一つだと思って記憶のかなたに葬り去っています。。。