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2007年07月09日

大阪発大阪行き

 その日このワタクシは、朝一番に大阪空港のチェックインカウンターから繋がる長蛇の列の中にいた。

 関西空港ができるまでの大阪空港の国際線の朝の混雑はまさに異常であった。
 そもそも世界有数の都市の空港にもかかわらず、国際線ターミナルビルが小さ過ぎて、アジア路線が集中する朝一番なんて、出国審査場の入り口に繋がるフロアでは一列に並ばされた列がフロア一杯にひしめき合い、挙句の果てに最後尾なんてのはターミナルビルの外に出ているという具合である。
 雨なんて降っていれば傘をさして出国審査に並ばなくてはいけない。
 このワタクシは、いつもギリギリに空港に登場するので、下手をすれば乗り遅れかねないということが何度もあった。
 あるとき、先輩に、「国際空港では、そのとき初めて出会ったばかりの団体さんが多いので、『遅れてすんまへんな〜』なんて言いながら最前列に割り込んでも文句は言われない」という素晴らしいアイデアを伝授してもらって以来、混んだら欠かさずに実践している。
 不思議なもので、あのすぐに文句を言われそうな大阪にも関わらず、なぜかスンナリと通してくれたものだった。別に睨み付けたわけではないのに。(もっとも、文句言われたらそうするつもりではあったが)

 その日、チェックインカウンターで、自分の乗る日本航空北京行きの飛行機の時間を確認していたら、「天候調査」なんて書いてある。
 朝から北京空港が濃霧というのである。
 国内線では時々「天候調査」という言葉を聞くが、海外の空港の天候を調査しても仕方がないのではないのか。
 「札幌が雪なので欠航します」と言われれば納得できなくもないが、「北京が霧なので欠航します」ってのは絶対に納得できない。
 数時間掛かる海外の天候を出発前に気にしてもどうしようもないと思うわけである。
 到着時間に台風が直撃するのが前もって分かっているなら納得はできるが。
 おまけに霧ならいつか晴れるだろうが。

 最終的に、飛行機は定刻を少し遅れて、「最悪の場合引き返す」という条件付で出発した。
 どうも納得がいかない。
 いずれにしても、飛行機は快晴の大阪を離陸した。
 今では考えられないことだが、当時の日中線は、朝鮮半島(といっても韓国だが)の上空を飛行することはできなかった。中国と韓国の間に国交がなかったからである。(その割には、どちらも「反日」となれば仲が良いような気がしてならない)
 仕方なく、日本からの飛行機は、長崎辺りから東シナ海に出て西進し、上海で大陸上空に差し掛かりクルリと向きを変えて北上するのであった。そんなこんなで、タカダカ北京まで4時間近く掛かっていた。
 つまり、ものすごく大胆に言うと、二等辺三角形の長い辺を行けば済むところを他の二辺をルートとしていたわけである。(今は、長い辺を通るようになった)

 上海上空に差し掛かったが見事に快晴であった。
 北にいくら進んでも快晴である。
 北京の上空までやってきたところで機長がアナウンスした。
 「現在北京市上空ですが、朝からの濃霧でトラフィックが混雑しており、しばらく上空を旋回します」
 話している感じからすると、霧は晴れたが、滑走路を使う飛行機が多過ぎて着陸できないというような状況と思われた。
 
 しかし、飛行機は、その後約3時間程度旋回を続けたのである。
 既に離陸してから7時間近く経っていた。
 客のほとんどはグッタリし始めていた。
 もっとも、欧米なんて10時間以上掛かるところがほとんどなので、時間的にはまだたいしたことはなかった。
 一番の問題は片道の食糧しか搭載していなかったことである。
 つまり、時間が片道の2倍になったおかげで、客の腹は減るのに出すものがなくなるという致命的な問題が起こってしまった訳である。
 そして、遂に飲料までが底をついたようであった。
 「飛行機には12時間分の燃料を搭載しておりますので、運行には問題はありません」と機長。
 「そんな問題ではないだろう。。。」と客。
 そして、しばらくすると、再び機長がポツリとアナウンスした。
 「管制塔から『大阪に帰れ』との指示がありましたので帰国いたします」
 「おいおい、、、反論せんかい。。。」と客。

 帰りの機内は、まったく人が乗っていないかのような静けさ。
 とにかく、食糧も飲料も何もないのである。
 4時間掛けて北京まで往き、3時間遊覧飛行し、4時間掛けて戻ってきた飛行機は、大阪空港の門限ギリギリである21時直前に着陸した。
 燃料も門限もギリギリであったようだ。
 想定外の事態が起こると、ずっと空にいた客室乗務員は次にどうしてよいのか判らないので地上係員が乗り込んでくる。
 そして、こういうときは、面白いことに地上係員も要領をえない。
 まるで、鉄道のダイヤが乱れたときのように、駅の係員が次に何が起こるか分からないというのと同じである。
 さらに機内で数十分待たされた我々は、飛行機からそのままターミナルビルに降ろされずに、バスでビルの端まで移動させられ、裏口のようなところからビルに入った。
 そこで、「出国取消」なるスタンプをパスポートに押されてようやく開放された。
 既に12時間の時が流れていた。

 あとから判ったことだが、、、
 当時国交があるとは言ってもほとんど付き合いのなかった中国には、日本航空の寄航している都市は、北京と上海しかなかったのである。
 よって、北京に着陸できない日航機はよほどの緊急事態ではない限り、上海に着陸することになる。
 そうしないと、自社の職員もいない空港でアタフタすることになるからである。
 ところが、北京と上海、同じ国といえども近くはない。
 おまけに、首都の空港が麻痺している以上、機材繰りなどの問題で中国の国内線の運行は壊滅的に乱れていた。
 そうなると外国の飛行機を降ろしている余裕はないということになる。(東京のように、国内と国際で空港を分けるというような珍奇な国はまず日本だけだろうし)

 そして、その日東京から北京に向かっていた取引先のオッサンは、事もあろうに中国民航に乗っていた。
 中国民航機といえども、濃霧では着陸できない。
 その結果、そのオッサンの飛行機は、北京に比較的近い天津に着陸してしまったのである。
 中国語も英語も分からないそのオッサン、着いたところは当然北京と思って出迎えの車を探しても見当たらない。
 空港の内外をウロチョロしていて、何気なく看板を見たら、すべての看板に「天津」と書いてあり愕然としたというのである。
 そういう意味では、自国に帰った方がマシだったのかもしれない。
 全く言葉も分からないのに予期しない街に放り出されたこのオッサンの救出は相当難航したということである。
posted by ぱんちょなあおのり at 02:07| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ぱんちょな紀行文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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