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2001年09月14日

目には目を

 ワシントンとニューヨークを襲った無差別多発テロ事件についての印象を言葉で言い表すことなど不可能である。いまだに映画の1シーンではないかと疑いたくなってしまう。

 これからは、「建物にはすべてミサイルを設置すべし」なんてことにならないか危惧してしまう。
 自爆覚悟で向かってくる相手には対処のしようがない。
 (イスラム教徒がやったのかどうかは知らないが、)パレスチナでしばしば起こる自爆テロの根底にある、アラーの神の御加護のもとで自爆して殉教するという発想は、どう考えても納得できない。しかし、我が国においてもつい数十年前には、国策で、天皇の御国のために特攻隊の名のもとで自爆することを強要していたことを考えると、彼らの発想には納得できないものの、一概に特別なものとは言い切れない。
 一方、米国は犯行グループの拠点を爆撃する方向に向かっている。これがどうも納得いかない。
 例のオクラホマシティの爆発のときも、最初は当局ですらイスラム教徒の犯罪といっていながら、捕まえれば白人のキリスト教徒であった。犯人は、裁判にかけられ今年処刑された。
 同じ論理展開から考えると、今回の犯行グループも攻撃するのではなく、捕まえて(国際)裁判にかけるのが筋である。そうでなければ、オクラホマの犯人の自宅も空爆していないと論理が合わない。
 少なくとも民主主義社会は、悪いヤツは社会的に制裁するという裁判制度で成り立っているはずであり、ヤラレタからヤリカエスなんて論理はないはずである。それこそ、「目には目を、歯には歯を、、、」のイスラム原理主義の考え方ではないのか。殺人事件で殺された人の遺族が、犯人を殺してやりたいと思っても殺すことはできずに、裁判にすべてを任せることしかできないのが民主主義のはずである。殺してしまえば、今度は自分が殺人犯である。
 少数グループのテロは非難しておきながら、国家的なテロを平気で行おうとするのはどう考えても納得いかない。
 犯行グループはたとえヤッツケタとしても、周りに住んでいる無関係な被害者を生み出すことになるであろう。(もし本当にアフガニスタンを攻めるのなら)一般のアフガニスタン人にとってはまことに迷惑な話である。それでなくても、間違ったとはいえ、ヒトの国(中国)の大使館をいきなり爆撃する国である。

 オレも今度喧嘩で負けたら、相手の家を米国に爆撃してもらおう。

(あとがき)
 と、書いてみたものの、もはや今までの考え方でテロを阻止することはできないかもしれない。今までの概念では、戦争は「国対国」であったが、「国対過激集団」という構図が普通になる時代に突入するのだろうか。そうなれば、余計に無関係な被害者が増えるような気がする。
posted by ぱんちょなあおのり at 00:03| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あおのりの主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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